共和村(きょうわむら)は、1954年まで長野県川中島平の西縁部に存在した村。
山の中腹にある新田集落を除くと、ほぼ長野県道383号犀口下居返線に沿って集落が発達し、街村をなしている。
本項では発足時の名称である岡田村(おかだむら)についても述べる。
地理
- 河川:岡田川(千曲川支流)、犀川(一級河川)
- 山野: 茶臼山、中尾山
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、岡田村・小松原村の区域をもって岡田村が発足。
- 1890年(明治23年)5月17日 - 岡田村が改称して共和村となる。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 篠ノ井町と合併し、改めて篠ノ井町が発足。同日共和村廃止。
産業
- 2大字を編成
- 小松原(犀口、北組、中組、南組、段ノ原)
- 岡田(新田、本組、古町、中町、南町、深町、大門、築地
交通
- 岡田小松原道
- 犀口下居返線
- 大町街道
- 小松原川中島停車場線
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 光林寺裏山遺跡
- 湯沢尻遺跡
- 中尾山遺跡
- 寺内遺跡
- 新田遺跡
- 中尾山温泉(単純硫黄泉の鉱泉)
- 戦没者の慰霊祭(昭和22年4月20日に光林寺参道に奉安殿を移す)
災害
- 小松原の火災。1926年(大正15年)4月20日。焼失戸数154戸。焼失建物数494棟。
- 茶臼山の地すべり。
参考文献
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。
関連項目
- 長野県の廃止市町村一覧
- 共和村 (曖昧さ回避)
外部リンク
- 共和村の歴史と伝承 長野市制100周年記念事業(長野電波技術研究所)




